2012/04/25

春をさがしに(写真)

鴨川シーワールド、シャチショー
(シャッターチャンスを見事に逃す。
 連写にしておけばよかった〜。)

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                    会津若松、鶴ヶ城の最上層から

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古くからの教えには、人格を高める上で何が大切か書かれている。戦後日本人は、すべてを一緒くたにして「墨塗り」してしまった。ではなくを求める人が増えた。

2012/04/17

春をさがしに(13)最終日

旅日記 5日目=最終日 4月1日(日) 会津若松 

7時30分起床。シャワーを浴びてから、レストラン「マンマミーア」で朝食。バイキング。

メニュー: フレッシュサラダトマト、胡瓜、季節のフルーツ、お新香、旬のおひたし、のり納豆梅干、ヨーグルト、ハム、ベーコン、ソーセージ焼き魚2種類、煮物卵料理、温野菜、パン4種類、お粥、御飯カレー味噌汁こづゆ、オレンジジュー ス、トマトジュース、牛乳、コーヒー、紅茶、ほうじ茶 (選んだのは下線のついているもの。食べ過ぎ)

※こづゆは会津の郷土料理。ホタテの貝柱と椎茸からダシを取り、里芋、人参、糸こん、キクラゲ、ぎんなん、豆麩などを加えたしょうゆ汁。新潟でいえば、のっぺい汁のようなものか。

・福島県立博物館 (¥260 + 企画展 ¥500)

鶴ヶ城北東部にある三の丸駐車場(¥300 2時間まで)にとめる。ここだと、県立博物館と鶴ヶ城の両方に歩いて行ける。

常設展は、原始時代から年代別に展示されている。団体客に紛れ、ガイドの解説に聞き耳を立てる。

古代の部屋には、会津大塚山古墳から出土した、三角縁神獣鏡が展示されていた。確かに縁の断面の形が三角形になっている。東北地方唯一、日本最北の資料とのこと。

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中世の部屋では、源頼朝の奥州藤原攻めの資料がまとめられている。

近・現代の部屋では、戊辰戦争、自由民権運動で活躍した福島県人の様子が分かる。先進的な地域だったことがわかる。

企画展は、「小さなもの集まれ!」ということで、雛道具や古民家のミニチュアなどが並べられていた。

・鶴ヶ城天守閣 (¥500)

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城内が博物館になっていて、会津の歴史を学びながら上へ上がっていく。三層にある「錦絵で描く会津戊辰戦争」には、白虎隊の悲劇が描かれている。19士の肖像画がなまなましい。

五層が最上層で、城下町会津を全方位見渡すことができる。

昼飯は、第1日目に上里SA(埼玉県)で買い、まだ食べていなかった(!)ブルーベリーベーグルと昨夜お持ち帰りした地鶏の唐揚げで済ませた。

・会津藩校日新館 (¥600)

実際あった場所ではないが、当時の建物を忠実に復元している。白虎隊員が何を学んでいたのか興味津々。

身分が一定以上の武士の子は、十歳になると入学する。学問は儒学中心で、教科書は論語、孟子、大学、中庸、詩経、小学などを用いる。武芸は、弓、馬術、やり、刀、柔術、砲術などで、文武両道を目指す。

教育の基本として、「什の掟」(じゅうのおきて)がある。「什」は10人くらいの子どものグループを指す。 

一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ

二、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ

三、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ

四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ

五、弱い者をいぢめてはなりませぬ

六、戸外で物を食べてはなりませぬ

七、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです

この「什の掟」は、小学校の教科書(東京書籍の『新しい社会6上』)に原文のまま取り上げられた。現在の教育にも生かせる価値があるということだろう。

このうち、二、三、四、五あたりは、現代っ子にも教えるべき項目だ。(一は年長者による。その人の言が正しいかどうか、見極める眼力を育てることがむしろ重要。二は上下関係にかかわらず挨拶すべき。六、七は現代にそぐわない。)

会津の歴史のパワーに圧倒され、夢中になっていたら、4時を過ぎていた。今日の宿は自宅。帰らないといけない。

その前に、喜多方ラーメンを一杯食べておかなくては。

・めん屋 河京 チャ玉ラーメン (¥780)

チャーシューをチャと略すとは…。(チャ=茶と思ってしまうのはオレだけ?)麺は、太めの平打ち縮れ麺。スープは、煮干しがほんのり香るすっきり醤油味。おいしくいただきました。

4泊5日の旅もいよいよ終わりに近づいてきた〜。

4時40分、SAMURAI CITY 会津若松をあとに、一路ふるさと新潟へ向かう。

   会津若松  ー<磐越道>→新潟中央IC  ー<北陸道>→  柏崎

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6時50分、柏崎着。

7時15分、はんばきぬぎ開始。

※「はんばきぬぎ」とは、新潟県の方言で、打ち上げのこと。その昔旅人は、すねに脚絆の一種、「は(ん)ばき(脛巾)」を巻いていた。それを旅の終わりに脱ぐことから。

つまみ:
-  鴨川の魚の干物
-  千葉の塩ゆで落花生

酒:
-  会津の末廣(純米吟醸)

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

全走行距離:981キロ
高速道路料金: ¥9,050(往 ¥6,950  復 ¥2,100)
ガソリン代(リッター14キロで計算): ¥11,000
宿泊費(4泊):¥22,305
その他、飲食代、入館料、駐車代、お土産代:¥15,000くらい?
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総計:約 ¥57,000 (ん〜、まあたまにはいいか〜)

鴨川で、心からもてなしてくれた Nちゃん、旅先で出会った人たちに感謝します。… さあ、次はどこへ行こう? (完)

 

2012/04/16

春をさがしに(12)

旅日記 4日目 3月31日(土) 会津若松

6時、会津若松に到着。冷たい雨がかすかに降っている。寒い。
今日の日没は6時ちょうど。山に囲まれているせいか、みるみる暗くなっていく。

会津若松市は、会津盆地の東南部に位置し、四方を山に囲まれている。標高は218メートル。東には、日本で4番目に大きい猪苗代湖がある。北に20キロほど行けば、ラーメンで有名な喜多方市に至る。

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会津若松は堂々とした街だ。道も広いし、城下町らしく碁盤目状に区割りされている。街に漂うしっとりとした空気は、ここに息づく歴史と伝統が醸し出しているのだろう。虚飾とは無縁の街だ。

会津人の気質は、『坊ちゃん』に出てくる山嵐(数学教師)によく表れているという。坊ちゃんと仲がいい山嵐は、会津出身で正義感が強く、曲がったことが大嫌いだ。

会津の子どもたちは、小さいときから「ならぬことはならぬ」と教わるそうだ。この地で育てば、「どうして人を殺してはいけないのか」などという疑問は浮かばないだろう。

本日の宿、ホテルニューパレス(¥4,800 朝食付)は、野口英世青春通り沿いにある。この通りには、英世が手術を受けた会陽医院の跡や洗礼を受けた栄町教会、野口英世の初恋の人とされる山内ヨネの生家跡などがある。 

ホテルニューパレスは、結婚式場にもなる立派なホテルだが、良心的な宿泊料でビジネスマンも泊めている。有料チャンネルを入れていない点にもポリシーを感じる。

しばし横になってから、むっくり起き上がり、ホテルを出た。散策しながら最初に見つけたラーメン屋に入るつもりだ。
… ところがこれが見つからない。… 20分ほど歩いて、ようやく一軒見つけた。これでいい。入りやすそうな店だ。

中華飯店大川(だいせん)で頼んだもの:

・生ビール(中)

・末廣(地酒)を燗で1合

・特製会津ラーメン (¥550)

 普通以上においしい。スープは、会津地鶏ガラ+豚骨をベースに魚介系をブレンドしている。

・天下一餃子 (5個、¥380 - 50)

 手作りのジャンボ餃子。ジューシーで甘みがあり、名前負けしていない。その日はたまたま50円引き。ラッキー。

・地鶏からあげ半分(持ち帰り)

今日はまったくついている。たまたま入った店が大正解。お酒もラーメンも餃子も、すべてうまかった。その上、勘定をしてもらう時、釣り銭の中に長野五輪の記念硬貨が混じっていた。裏にはボブスレーの絵。店のおねえさんも気づいたけれど、そのままくれた。珍しいことがあるものだ。

あとで調べてみると、長野五輪の記念硬貨(500円玉)は平成10年発行で、図種はスノーボード、ボブスレー、モーグルの3種。それぞれ2000万枚ずつ発行された。 

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「なんか今日はついてるなあ」と、上機嫌でホテルに戻った次第である。

 

2012/04/15

春をさがしに(11)

旅日記 4日目の続き

 水戸  ー<常磐道>→  いわきJCT  ー<磐越道>→  会津若松   

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 午後2時30分、偕楽園を後にし、水戸ICから常磐道に入る。弘道館や県立歴史館、近代美術館も見たかったが、また別の機会にしよう。

 今夜泊まる宿は、会津若松市内にある。ここから213キロ離れている。ところで今日(3月31日)は、東北道の無料化最終日。だから今日移動しないといけない。

 関本PAを過ぎ、福島県に入る。少し緊張感が増す。窓がちゃんと閉まっているか確認する。

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 柏崎市民としては、とても他人事ではない。もし、中越沖地震の際、大津波が来ていたら、惨事は先に起きていたかもしれない。

 東電の持つ原発は、ここ双葉郡と柏崎刈羽にしかない。いわば原発の姉妹都市みたいな関係。東電社員の行き来も多い。 
 
 今回の事故で、人間は原発を制御できないことが判った。原発誘致の際には、当時の為政者たちが、交付金(電源三法交付金)目当てに決めたのだろうが、こうなってみると、その判断は間違っていた。(新潟県では、巻町が最後まで原発反対を貫いた。正しい判断だったと言える。)

 実際、原発の近くに暮らしていると分かるが、常に不安な気持ちが心の隅にある。そしてこの状況は原発がある限り無くならない。半永久的に子孫へと受け継がれていく。原発が近くにあるというのは、決して消えない不安とともに暮らすということなのだ。24時間。365日。

 いわきJCT(福島第一原発から約47キロ)から磐越道に入る。

 空にはどす黒い雲、ぐんと気温が下がったようだ。「濡れてまいりたくない」氷雨が降っている。春から冬へと戻る旅。きっと新潟も寒いんだろうなあ。

 気分が滅入るとともに空腹感が襲ってくる。そういえばまだ昼飯を食べていない。メシでも食って元気出そう。

・阿武隈高原SA
 エゴマ豚カツカレー (¥900)、完食

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 エゴマとは何のことだろうか。地名? 生産者の名前か何か?

 調べてみると、漢字では「荏胡麻」と書き、「食用または油を取るために栽培され、シソによく似ている(Wikipedia)」とのこと。ゴマの一種かと思ったが、ゴマはゴマ科で、エゴマはシソ科。ゴマよりシソに近いようだ。
 エゴマは「食べると十年長生きする」と言われていて、そのエゴマを食べさせた豚がすなわちエゴマ豚。「α-リノレン酸が普通の豚の約4倍含まれ」ていて、健康にいいらしい。

 腹ごしらえをしたところで、あとはひたすら目的地、会津若松を目指すのみ。残り78キロ。

 薄暗くなってきた。まだ5時前なのに。

 道路脇の温度表示が「0℃」を示している。

    Welcome back to winter!

 冗談でなく小雪がちらつき始めた。前を行く車列のスピードが急に落ちる。急ぐ旅ではない。ぼちぼちいくか。

 

2012/04/14

春をさがしに(10)

旅日記 4日目の続き

 香取(佐原)→  潮来  →  鹿嶋  →  鉾田  →  大洗  →  水戸 

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 佐原を後にし、水戸の偕楽園へ向かう。また風が強くなってきた。小雨も降っている。

 途中、カシマスタジアム前を通過。今日、試合がないことは予めチェックしておいた。
 2002年のワールドカップ・メモリアルモニュメントが誇らしげに立っている。何となく通り過ぎてしまったが、サッカーミュージアムだけでも見ておくべきだった。

 Rt. 51を鹿島灘沿いに北上する。このあたりから3.11の被害が確認できる。鹿島港には高さ4〜5メートルの津波が押し寄せたという。

 鉾田市にある鹿島灘海浜公園で休憩。護岸工事中でひとっこひとりいない。まっすぐ続く海岸線がぼうっと見える。

 1時を過ぎたが、朝食をしっかり食べてきたので、まだいける。偕楽園まであと33キロ。

 と、また例の土けむりが襲ってきた。視界が悪く、スピードが出せない。

 ようやく水戸市内に入る。風雨が強くなってきた。
 納豆屋の看板があちこちに見える。本場の納豆はどれくらいうまいのだろう。…水戸駅前の繁華街を抜け、偕楽園へ。

・偕楽園(入園無料、好文亭¥190、駐車代¥500)

 1842(天保13)年、水戸藩第9代藩主徳川斉昭によって開園された。偕楽園は「民と偕(とも)に楽しむ園」という意味だそうだ。

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 風はもはや暴風状態。とてもゆっくり梅を楽しめる状況ではない。(この日は首都圏も交通機関がマヒした。)せっかく来たから見て回るっきゃない、という残念な人たちの一人として駆け回った。

 園内は広大で、いろんな種類の梅が咲いている。桜と違って風には滅法強いから、暴風でも全然問題ない。

 このエリアは、園の南東部に千波湖が広がり、市民の憩いの場になっているようだ。

 一応、偕楽園チェック済みということで、三名園、残るは岡山の後楽園のみとなった。

 

 

春をさがしに(9)

旅日記 4日目 3月31日(土)香取市(佐原)曇り時々雨

 8時起床。シャワーを浴びて、1Fのレストランで朝食。紅ザケ、卵焼き2切れ、納豆、味付け海苔、漬け物、梅干し、ご飯、味噌汁。典型的な和食だ。ご飯はおかわり自由で、朝カレーがあると勧められ、2杯目はカレーにした。朝からカレーを食べることは滅多にないが、元気が出るような気がする。給仕のおばさんも愛想が良くて気持ちがいい。完食。

 昨夜、寝る前に立てた計画通り、伊能忠敬記念館、歴史的町並み、山車会館を順に見て回る。

・伊能忠敬記念館 (¥500)

 展示室に入ると正面にあるのが、縦長の大きな電子パネル。ランドサット衛星から見た日本列島と伊能図を交互に映し出している。伊能図の正確さに驚く。

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 ビデオで忠敬がどんな人物だったか学習する。

- 名家である伊能家に婿養子として入り、名主や村方後見(水帳の管理)をした。家業は醸造業で、裕福だったようだ。

- 1794(寬政6)年、50歳で隠居、江戸へ天文や暦学を学びに行く。すごい向学心、普通の隠居じじいはここまでやらない。

- 江戸で、自分よりも19歳年下の高橋至時(よしとき)の弟子になる。

- 55歳から地球1周分の距離を歩いて測量し伊能図を完成。行けなかったところは空白にするなど、誠実さを感じる。

- 伊能図は縮尺により、大図、中図、小図の3種類に分類される。なぜか、越後の大図がスペースを割いて展示されていて、見入ってしまった。(当時、直江津は今町。) 測量中、糸魚川で地元役人とトラブル(糸魚川事件)になったそうだ。

http://www.inopedia.jp/img/f_users/r_10783134img20100813161630.pdf

・江戸優り佐原の町並み

 伊能忠敬記念館の駐車場に車を駐め、小野川(利根川の支流)界隈を散策。この地区は、水運を利用して発展し、歴史的建造物(町屋、土蔵、洋館)を多く残している。

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 江戸優りの町といわれ、「お江戸見たけりゃ佐原へござれ 佐原本町江戸まさり」という唄もあるそうで、最近は「小江戸」という呼び方もしている。(川越、栃木、香取で小江戸サミットを開いている。)

・水郷佐原山車会館 (¥400)

 まず、ビデオシアターで祭りの迫力と熱気を体感。その後、大人形の載った山車2台を1F、2Fから見物。

 大人形は神話や歴史上の人物をモチーフにしている。日本武尊、神武天皇、菅原道真、太田道灌、小野道風、楠木正成など、実にリアルだ。(生人形といわれる。)浦島太郎や金太郎、桃太郎もいるらしい。動物は藁でできた鷹と鯉。

 

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2012/04/13

春をさがしに(8)

旅日記 3日目の続き
 
 茂原→東金→八街→富里→成田→香取

 4時過ぎ、ようやく香取市内に入る。風は相変わらず強いが、小雨程度なので雨具はいらない。
 まず、水の郷さわら(道の駅)で、情報を得る。ついでに夕食もここで買うことにした。

買ったもの:
・五目おにぎり2個
・れんこんコロッケ2個
・トマト1袋
・デコポン1袋

 刺身は別の店で買わなくては。

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 道の駅の裏手には、利根川が滔々と流れている。川幅も半端なく広い。見ているだけで気持ちが大きくなってくる。
 カーナビで近くのスーパーを探す。久しぶりに音声認識を試してみた。「近くのスーパー」と言うと「近くのスバル」と聞き取る。笑わせてくれる。何度か誤認識をくり返した後、「近くのスーパーマーケット」と入れたところ、ようやっと正しく認識し、アピタ佐原東店を見つけてくれた。水郷大橋(L = 535m)を渡って右だ。

買ったもの:
・鰹の刺身
・ヒジキ煮
・醤油(小)
・ソース(小)
・発泡酒  (kirin 淡麗 green label) 350 ml
・発泡酒  (kirin生黒) 350 ml

 買い出しを終え、ビジネスホテル朋泉(¥5,850 朝食付)に入る。なかなか立派な建物だ。
 疲れがたまってきたので、今日は早く寝るとしよう。

 

春をさがしに(7)

旅日記 3日目 3月30日(金)鴨川市→香取市(佐原) 曇りのち暴風雨

 今日からまた一人旅。空はどんよりしている。天気は下り坂。お昼過ぎから風速10メートル以上の風が吹くという。

・鴨川市郷土資料館・文化財センター (¥200)

 昔の生活がしのばれる資料。さまざまな農機具、漁具が並んでいる。特に目を引いたのは舟形石棺。古墳時代後期のものとされる。誰が埋葬されていたのか、想像しても分からない。

 昔の教科書コーナー、郷土出身の元蔵相、水田三喜男氏の遺品も興味深かった。鴨川には城西国際大学のラーニングセンターがあり、何かつながりがあるのかなと思っていたが、水田氏が城西大学の創立者と知り、なるほどと思った。

 波の伊八の欄間彫刻は、鴨川で是非見たかったものの一つだ。「波の」がつくのは、波の表現が優れているからで、確かに躍動感がある。波と一緒に、竜や犀が彫られている。ドラマチックな構図だ。

 伊八が5人いる(5代まで)ことを初めて知った。一番多作だったのは初代で、少なくとも50を超える作品を残している。10歳年下の北斎とも交流があったそうで、富嶽三十六景の神奈川沖波裏(例の大波の中、富士が遠くに小さく見える版画)にも影響を与えたらしい。

 10時、鴨川を後にして外房を北上、今日の宿泊地、佐原へと向かう。風が強くなってきた。

・かつうら海中展望塔・海の博物館 (¥930 + ¥200 駐車料金2時間まで)

 水深8メートルのところにある海中展望室から海底付近にいる魚を観察できる。この日は海中も大荒れだった。そのせいか、3種類くらいしか見えない。メジナ、ブダイ、メバルあたり。みな地味な魚。色のついた魚も見たかった。

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 風はさらに強まり、展望塔からの帰りは大変だった。海上橋が50メートルくらいあるのだが、まっすぐ進めない。風速20メートルはあったと思う。「なにかのアトラクションみたい」と叫んでいる人がいたが、たしかにジェットコースター並みのスリルだった。

 勝浦→いすみ→茂原

 めん商人茂原店で石焼き野菜タンメン(塩味)を注文。¥787 

 石焼きラーメンは初体験。
 まず石焼きラーメンの食し方なる紙を渡され、説明書きを読むように言われる。
 予め熱せられた石鍋に麺と具を入れ出される。さっきもらった紙をはねよけにしてスープを投入する。するとスープがふつふつ、ぐつぐつ、ぐらぐらと煮え、沸点に達する。
 あふれないようにレンゲで掬う。4〜5杯掬うように書いてあったが、それでは足りない。結局ドバーとあふれ出す。お兄さんに「大丈夫ですかぁ〜」と声をかけられる。大丈夫じゃない。
 ようやく勢いが収まったが、熱くて食べられない。(あとで、お椀に取って食べることに気づいた。バカめ。)半ライス付きのセットもあったが、その理由もあとで分かった。最後にライスをスープに入れておじやにするのだ。そもそもこれをラーメンと思ったのが間違い。これは鍋。ラーメンの入った鍋。だから、シメにおじやを作るのも当たり前。
 味の方は、野菜のうまみがスープによく溶け、グッド。
 面白い体験ではあった。

 腹ごしらえをしたところで、あとは佐原へまっしぐら。

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 目的地の佐原は、潮来、鹿嶋とともに水郷のまちとして知られている。2006年、香取郡小見川町、山田町、栗源町と合併して、香取市になった。市名決定はスムーズにいったのだろうか? 佐原市がなくなって寂しい人も多いだろう。佐倉市と区別しやすい利点はあるが。

 風がいよいよ強くなってきた。乾燥した土地が、土けむりをもうもうと上げる。車の窓を開けることなどできない。視界も悪くなってきた。近頃の大河ドラマみたいな、セピア色の世界が広がっている。

 

2012/04/12

春をさがしに(6)

旅日記 2日目の続き

朝食を終え、ひとっ風呂浴び、腰にバスタオルを巻いてうろうろしていたら(宿が貸し切り状態だったので勘弁してもらって)、彼女(以下、ガイドさん)が迎えに来てくれた。

日頃の行いが良く、快晴。半袖で出掛けようと思ったくらいの陽気。

今日回ったのは…

・魚見塚展望台
 鴨川の街並みを一望した。酔いが残っている中、階段を何段も上るのは、きつかった。

・鴨川マリーナ
 間寛平さんのアースマラソン出発港。釣り人がちらほら。海風がここちよい。散歩には最高。

・鴨川シーワールド
 アシカ、シャチ、イルカ、ベルーガ(シロイルカ)のショーを見た。
子どもも大人も楽しい。シャチは、人には危害を加えないと聞いていたが、それでも恐ろしい。ガイドさんは、「シャチよりも(それと一体になっているトレーナーの)おねえさんたちがすごい」と言っていた。同感。
 観光地には、こういう目玉施設が不可欠だ。ここを中心に地域全体の集客が図れる。

・亀田総合病院(建物を見ただけ)
 NHK仕事学のすすめでも取り上げられた病院。電子カルテをいち早く導入、全館個室、24時間面会可能、患者が自分の食べたいものを選べるなど、革新的病院経営で有名。地元は、この4月に開学した、亀田医療大学にも期待を寄せているようだ。

・食事処なかむら
 お昼は「おらが丼」にすると決めていた。おらが丼とは「我が家の丼」の意味で、海の幸をたくさんのせた海鮮丼のこと。商工会加盟の53店舗がのぼり旗を立ててキャンペーンを張っている。

Mimagecgi ¥1,250

掟を作って、品質の維持を図っている。

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・サンライズクリフ
 ガイドさんと観光協会の女性が命名した崖。地図に載っていないし、ネットで探してもヒットしない。これからどれだけ広まるか。
 太平洋が見渡せる絶景ポイント。地球が丸いことを肉眼で確認できる。油断すると飛び込みたくなるような断崖絶壁。場所は、大沢地区へ行く途中あたりか?難は、駐車場がないこと。

・鯛の浦遊歩道と誕生寺
 日蓮聖人の生誕地。誕生寺参道の石灯籠は半端なく多い。
 鯛(特別天然記念物)を日蓮聖人の化身として護ってきた。
 「波の間に すがたを見せつつ鯛の群れ ふなべリ近く あまた寄りくる」(香淳皇后の歌)
 
・海産物店
・スーパーおどや
・道の駅オーシャンパーク

 鴨川は、歴史文化的、景観的、保養地的、グルメ的観光資源にあふれている。そして地域が一体になって誘客に努めている。観光協会、かもナビ等のウエブサイトはわかりやすいし、「夜のまち歩きガイド」もよくできている。あまたある観光資源をもれなく活用しようという地域の姿勢がうかがわれる。すばらしい!

春をさがしに(5)

旅日記 2日目 3月29日(木)@鴨川市 快晴 

鴨川での2日目。今日は1日鴨川観光の予定。朝から太陽が降りそそぐ。気温の予想は、最高、最低それぞれ19℃、7℃。(ちなみにその日の柏崎市は9℃、0℃)

ここで、鴨川市と周辺エリアについて少しお勉強。

鴨川市:
鴨川の名称の由来は、一説によると、この地域を流れる川が京都の賀茂川(下流を鴨川と書く)に似ているとのことから加茂川と称し、その後町名を鴨川町とした。鴨が多いからではないようだ。(多いのは、とんび!)
市の人口は約35,000人。意外と少ない。

1971年鴨川町、江見町、長狭町の3町が合併して市制。(当時、市になる要件が緩和され、「3万人以上」となった)、2005年には天津小湊町と合併し、現在の鴨川市となった。

江戸時代初期から発展、農業(米・麦作、花卉栽培、酪農)、近海漁業(鰯、鰤、鯖、鯵、鰹、秋刀魚、鮪など)がさかん。ひじきも特産品。

JR内房線と外房線の結束点にあり、観光保養地的性格が強い。鴨川シーワールドは有名。南房総国定公園に属す。

千葉県の歴史的地域区分:

・ 3つに分割
・ 南から北へ、安房(あわ)、上総(かずさ)、下総(しもうさ)の順 
 境界は下の地図を参照。ちょっと古いが、赤字に注目。

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千葉、成田、佐倉、八街(やちまた)市あたりまでを「下総」、千葉県中部、房総半島の大半を「上総」、南端(鴨川、南房総、館山市、鋸南町)を「安房」と呼ぶ。

※京に近い方(昔は船旅)から、南→上総、北→下総となる。
※下総には茨城県南西部も含まれる。
※安房はもともと上総の一部で、718年に分国。
※安房は阿波とつながっている。黒潮にのって南海道の住民が大勢移住してきた。和歌山、徳島と共通の地名も多い。(白浜、勝浦など)
※安房は房州とも呼ばれる。
※安房の「房」と上総、下総の「総」を組み合わせて「房総」と呼ぶ。
※南総=上総+安房、北総=下総
 南総里見八犬伝は安房の館山が舞台。
※千葉県の天気予報は、北西部、北東部、南部に分ける。

※もっと細かい区分はこれ。            

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