2014/06/25

リスク・テイカーを育てるには

梅雨空の下、国中に大きなため息を残し、日本のブラジルワールドカップが終わった。 

戦いを重ねるごとに、本来の動きを取り戻しつつあっただけに、残念な結果だった。初戦の負債を最後まで返せなかった。

それにしても初戦、対コートジボワール戦のサムライたちは、半分金縛りにでも遭ったかのように足が重かった。チームが連動して、身体能力の高いアフリカの選手に対抗するはずだったが、後半途中、ドログバがピッチに入ると、一気にムードが変わり、立て続けに「組織」が「個」に粉砕された。

一人一人が少しずつ消極的になると、チーム全体としてゴールに向かう力が相当量目減りする。そのことがよく分かる試合だった。

サッカーにミスはつきもの。しかし、ワールドカップのような大舞台では、ミスは許してもらえないかもしれない。映像にもしっかり残され、語り継がれるかもしれない。代表はそういう恐怖心と戦っていたに違いない。日の丸の重み、初戦の重み、支えてくれた人への恩返しの気持ち、などなど・・・。頭が働くと体はオートマチックに動かなくなる。いわゆる「ゾーン」の反対の状態だ。考えれば考えるほど、体がぎこちなくなる。(岡田元監督が言う「ノッキング」の状態)

失敗を恐れずにプレーしろ、というのは簡単だが、その場合、たとえ失敗してもドンマイ・ドンマイ、次がんばれ、というあたたかい空気が周囲にないと、選手はがんばれない。リスクの高い縦パスを失敗して落胆されるよりは、味方に安全な横パスやバックパスをした方がいいということになる。そうなるとゴールはますます遠のく。

英語に、Nice try!  というかけ声がある。失敗してもその勇気をたたえる発想にもとづくフレーズだ。聞くところによると、イングランドのプレミアリーグには、シュートを外しても外しても拍手をするサポーターが大勢いるという。「失敗を恐れるな、挑戦をやめるな!」というメッセージを送り続けているのだ。

日本にもこういうメッセージの送り方があってもいいのではないか。こういう拍手があれば、果敢にリスクを冒す選手が増え、もっと攻撃的でスリリングな試合が見られるようになるかもしれない。



2014/05/26

濱口悟陵という人

2012/04/26

濱口悟陵という偉人を初めて知った。

和歌山県広村(現在の広川町)の出で、実業家であり政治家でもあった人。和歌山県初代県会議長、国政においては、初代「郵政大臣」(※) を務めた。

当時は駅逓頭(えきていのかみ)といった。なぜか半年足らずで辞めている。
※濱口悟陵は「郵便の父」前島密より15歳年上。


1854年(黒船来航の翌年)122416時頃、紀伊半島-四国沖を震央とする地震が起きた。後に安政南海地震と呼ばれる大地震(M8.4?、死者2,500人?)である。

広村にたまたま帰っていた濱口悟陵は、海面や井戸水の変化から津波を予測し、村民を安全な高台へと導いた。

すでに暗くなっていたため、高台につながる道に沿って、稲束(稲むら)に火をつけ、経路を示した。そのおかげで広村からは、ほとんど死者が出なかったという。

濱口はまた、震災復興において役人がなかなか動かないことから、私財を投じて防波堤を築いたのである。 

この話は、以前国語の読本に載っていたそうだ。

実はこの濱口悟陵、ヤマサ醤油(千葉県銚子市)の7代目である。

現在の社長、濱口道雄氏は12代目。
※和歌山と千葉が黒潮でつながっていることがわかる。

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志は遠大にして 心は小翼に     大きな志と細やかな心 一身一戸を斉治して         一人一人の自立で 恒産あり 恒心あり         富や平穏が生まれる 之を吾人 自治の本拠とせん     これを我々の自治の拠り所としよう (木国同友会設立宣言より)
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自分の村は自分で守る。お上が動くのを待たない。

3.11後、再び注目された濱口悟陵から、学ぶことは多い。

5つの大切10の反省

2013/02/27

NHKの大河ドラマ「八重の桜」で、会津藩の什の誓ひが密かに話題になっています。

というのは、6歳以上の子どもたちで構成される班です。(別に十人でなくてもよい。)小学校の登校班みたいなものでしょうか?

会津の子どもたちは、この什の誓ひを毎日唱えて育ちました。



一、年長者の言ふことには背いてはなりませぬ。 

一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。

 一、虚言(ウソ)を言ふ事はなりませぬ。 

一、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。

 一、弱いものをいぢめてはなりませぬ。

 一、戸外でモノを食べてはなりませぬ。 

一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ。 ならぬ事はならぬものです


時代にそぐわないものもありますが、3、4、5番目などは現代でも大切なことです

 

ところで、最近年長者は「上から目線」だと年少者によく叱られるようになりました。

 年長者にお辞儀をするのは小学生まででしょうか。中学や高校では、部活などのイングループ(内集団)内では後輩が先輩に対して行いますが、教師や他の大人には挨拶しないようです。

逆に年長者である教師の方が、大声で挨拶したりしています。朝、玄関で生徒をお迎えする学校もあります。校長が個人的にするのは構いませんが、他の教員(その日の授業のことで頭がいっぱい?)まで何人も並べて出迎えさせるのはいかがなものでしょうか。(まるで老舗旅館の歓迎の図です。)

田中角栄の5つの大切、10の反省というのを知りました。

5つの大切

1.人間を大切にしよう。 

2.自然を大切にしよう。

3.時間を大切にしよう。

4.モノを大切にしよう。

5.国、社会を大切にしよう。


10
の反省

1.友達と仲良くしただろうか。

2.お年寄りを大切にしただろうか。

3.弱いものいじめをしなかっただろうか。

4.生き物や草花を大事にしただろうか。

5.約束を守っただろうか。

6.交通ルールを守っただろうか。

7.親や先生など、ひとの意見をよく聞いただろうか。

8.食べ物に好ききらいを言わなかっただろうか。

9.ひとに迷惑をかけなかっただろうか。

10.正しいことに勇気を持って行動しただろうか。

 

仕事には2種類ある

2013/03/26

仕事には2種類あります。「稼ぎ」「務め」です。 「稼ぎ」とは、賃金労働。食い扶持を得るための仕事です。

 「務め」とは、共同体を維持するための仕事です。今風に言えば、社会貢献です。 江戸時代には、「稼ぎ」があるだけではだめで、「務め」もきちんと果たすことで、はじめて一人前とみなされました。

私たち現代人は、稼ぐことに忙しく、務めを果たさなくなってしまいました。「稼ぎ」以外は仕事ではない、と思っているようです。

たとえば、どこからもお金が出ず「手弁当でやっている」と自嘲気味に言う人がいます。けれどもそれが「務め」であれば、当たり前のことです。

給料の出ない仕事をし、誰かに「ただ働きですね」と言われても、それが自分にとって「務め」であれば、大きなお世話と言うべきでしょう。(「サービス残業は、「務め」ではありませんが。)

 (Source: 川畑保夫「心の絆」談話)

プリンシプルのない漂流国家

2011/12/27

積読状態だった『ねじまき鳥クロニクル』全3巻(村上春樹著)をようやく読み終えた。購入したのが平成9年、14年間も眠っていたことになる。

この本の中に「日本がなぜ漂流し続けるのか」に関するヒントがあった。

「日本という国家が現在の時点で提供できるモデルは「効率」くらいである。(中略) どうすればものごとの効率がよくなるのか、戦後の歳月をとおしてそれ以外の哲学、あるいは哲学に類するものを我々日本人は生み出してきただろうか? しかし効率性は方向性が明確なときに有効な力である。ひとたび方向性の明確さが消滅すれば、それは瞬時に無力化する。(中略) 効率よく間違った方向に進むのは、どこにも進まないより悪いことである。正しい方向性を規定するのはより高度な職能を持つプリンシプルでしかない。しかし我々は今のところそれを欠いている。決定的に欠いている。」 [ 3部鳥刺し男編、pp. 280-281]

プリンシプルとは、共通の価値基盤のこと。冷戦終結後、表だったイデオロギーの対立がなくなり、価値観が多様化している現代、共通の価値基盤を見いだすことはますます困難になってきている。日本には対話の伝統もないため、議論が深まらないうちに、決断を迫られることが多い。「十分な国民的議論をへてから」という識者がいるが、いつまで待っても国民的議論は深まらない。その結果、官僚が国民の代わりに政治家に決断を促し、物事を決めていくことになる。これが(民主主義ではなく)官主主義国家のシステムだ。

閉塞感の元凶は、官僚主義と効率主義だ。自分の声が意志決定にまるで活かされず、知らないところでいつの間にか何かが決まり、その結果が「問答無用」で自分に降りかかってくる。

プリンシプルのない国は危険である。官僚主義が効率主義と結びついた場合、「効率よく間違った方向に進む」可能性がある。

  せっかちに成果求める国になり (田中健一郎 鹿児島)

こだわる力と継続性

「こだわる」という動詞は、否定・肯定、両方の意味で使われる。

否定的な「こだわる」

この「こだわる」は、過度に気にする、の意で、「拘泥する」で言い換えられることが多い。心が、さほど重要でないことに囚われている状態である。「こだわり過ぎる」と言えば、マイナスの意味がさらに強まる。個人的な、好き嫌いレベルの話であることも多い。

・形にこだわる ・勝負にこだわる ・銘柄にこだわる ・学歴にこだわる ・過去にこだわる ・視聴率にこだわる

 肯定的な「こだわる」

この「こだわる」は、妥協せず追求する、の意。本質に近づくため労を惜しまぬ姿勢である。

・味にこだわる ・食材にこだわる ・切れ味にこだわる ・品質にこだわる ・履き心地にこだわる ・使いやすさにこだわる

 何かを形あるものにするには、継続性が不可欠だ。しかし、情熱を持続させるのは難しい。熱しやすく冷めにくい人は少ない。

そんなときヒントになるのが、肯定的なこだわり。こだわることで、その世界に没入し、結果的に長続きすることになる。

どうも自分は淡泊で気が多く、飽きっぽいと思っている人(私もその一人)は、一旦何かを始めたら、とことんこだわることが肝心だ。

この、好き嫌いではない、本質を追求するためのこだわりは、もっと賞賛されて然るべきだ。良いこだわりは、世のため人のためになるのだから。

こだわることが、継続への道である。

2012/06/12

昭和と平成を分かつもの (1)

NHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」を見ている。ちょっとドジで家族からあまり期待されていない主人公、梅ちゃんこと下村梅子(堀北真希)が、内科医になり活躍するドラマだ。

舞台は、戦後復興期の東京・蒲田。生活の向上を夢見て生きる人々が、いきいきと描かれている。

『三丁目の夕日』シリーズもそうだが、昭和30年代から40年代にかけて幼少年期を過ごした者にとって、なつかしい風景がたくさんでてくる。あの頃は楽しかったなあ、としみじみ思う。

なぜそんなに楽しかったのか。

それは単に無邪気で無責任な子どもだったからではない。なんというか、うまく言えないが、それはあの時代が醸し出す、やわらなか空気によるものだと思う。

今もありあり浮かぶのは、薄暮の時間に漂う、煮物の醤油のにおい、遠くで聞こえる「ごはんだよー」の声・・・。


いつ頃から日本は変質してしまったのだろう。(昭和と平成の日本が、まるで異質な国に思えるのは小生だけ?)

昭和と平成の違いを一言で言うと、選べる社会(平成)か、そうでない社会(昭和)か、である。

言うまでもなく平成の日本は、生活のあらゆる場面で格段に選択肢が増えた。お金さえあれば買えない物などないようだ。(昭和は、仮にお金があっても物自体ないこともあった。)

「選択肢の多さ イコール 豊かさ」と長年思ってきたが、ここにきて、そうとも言えない気がしてきた。

例えば次の話は、昭和と平成の違いを知る上で象徴的である。

昭和のおせち料理は、品数が少なかった。せいぜい、黒豆や伊達巻き、昆布巻き、田作り(ごまめ)、カマボコなど。数の子が入っていたらもうけ、という感じだった。海老や鯛などはもちろん入っていない。(少なくとも庶民のおせちには。)

だから昭和の子には、選択肢が少なかった。すべての料理を少しずつ食べるしかなかった。(好き嫌いがあると食べるものがなくなる。)その結果、栄養のバランスが取れていた。

一方、平成の子は選択肢が広い。特に近頃は、有名デパートに四の重まである豪華なおせちを注文する家も増えている。鮭の塩焼き、鰤の照り焼き、海老の酒蒸し、蟹爪、いくらサーモンにローストビーフ・・・。和洋中折衷のものもある。

その結果、平成の子は自分の食べたいものばかり食べ、栄養が偏ってしまう。

皮肉にも、選択肢が多いことで、健康上マイナスになっている。


昭和にあって平成に無いものはいろいろある。

力道山のプロレス、それを中継する街頭テレビ、沢村忠のキックボクシング、にぎわう銭湯、ダイヤル式の黒電話、星一徹のちゃぶ台返し・・・。

「チャンネル争い」もその一つだ。イメージのわかない平成人に説明すると、これは見たいテレビ番組をめぐる兄弟(親子、夫婦)間のチャンネル争奪戦である。当時は、リモコンなどまだ無く、テレビ本体、通常画面右上にダイヤル式のチャンネルがついていた。それを兄弟で右に回したり左に回したりして奪い合うのだ。(そのため取れてしまったダイヤルもかなりあったに違いない。)テレビが家族一人に一台あるような時代の子どもには、想像できない光景だろう。 

余談だが、ブラウン管テレビは当時、家具の一種だった。重厚なデザインが多く、木目調だったりして、茶の間でひときわ存在感を放っていた。中には観音開きの扉がついているものさえあった。扉のないテレビは、ブラウン管を「保護する」ため、映画館の緞帳よろしく、布をかけたりした。

ブラウン管テレビに慣れ親しんでいた昭和人が、初めて薄型テレビを買ったときの感動は、次の川柳によく表れている。


  電器屋で テレビ1枚 買ってきた (平山猛 北九州)


このチャンネル争いは、兄弟の絆を強める役割も果たした。ケンカも一種のコミュニケーションであり、ケンカを通じて深い兄弟関係ができたのだ。(あるいは、譲り合う精神を身につけたり、力の強いヤツには絶対かなわないことを学んだ。) 

その他、昭和にありふれた光景として、近所の人との調味料の貸し借りがあった。味噌や醤油が切れたとき、ちょこっと借りに行く。物がないおかげで、隣人との関係が密になったのである。

困っている人が何か頼んできても迷惑と思わない。そういう空気が昭和にはあった。お互い様だからだ。おすそ分けも頻繁で、物の少ない時代だったからこそ、ありがたかった。

仕事の面でも昭和人は助け合った。親戚同士の絆も強かった。


「・・・困っているときにひょいって手を出してくれる人がいるとすごくうれしいでしょ。で、次は私も誰かを助けようって思うの。そうやってみんなが幸せになれるんじゃないのかなあ。」(『梅ちゃん先生』6月13日放送分の中での梅子の台詞)


けれども人は、困らないと人の助けを必要としない。

それに、平成は昭和に比べて、困ること自体少なくなった。困っても人に頼むのが下手になった。頼む経験を積んでいないからだ。迷惑をかけてはいけないと、自己規制をかけてしまうことも多い。

だから、本当に困ったとき(→ 災害時)に助け合う力が弱くなっている。


便利さが加速する社会は、物に囲まれた社会だ。周囲に物があふれている分、物に心が奪われ、人のつながりが弱くなる。

3.11以後の日本をどんな社会にしたいのか、私たちの生き方の問題として考え、軌道修正しなければならない。そしてその際、昭和のある時期に漂っていた「やわらかな空気」がヒントになると思うのである。

2012/05/16

夏の節電に向けて

今日の予想最高気温は、軒並み25度超、これから季節は一気に夏に向け、歩を早めることだろう。

それに合わせて、節電をどうするかという話題が、ヒートアップしそうだ。

東京都副知事、猪瀬直樹氏によると「日本はドイツの2倍ゼイタクに電力を使っている」という。確かに思い当たる点は多い。

24時間営業の店やコンビニ。至る所にある自販機。エレベーターやエスカレーターの多さ。近年、街灯の数も不審者対策で増えた。信号機はLEDに移行しつつあるが…。ATMも結構電気を食うらしい。
[Source: http://gendai.ismedia.jp/articles/print/2846]

室内の照明を見ても、必要以上に明るい。以前、カナダとアメリカの中流家庭にホームステイ(計3軒)したが、どの家も夜は間接照明を使い、薄暗かった。見えればいいという程度の明るさ。そもそも天井に照明がついていない部屋すらあった。(その代わりにデスクランプやフロアランプを人の居場所近くに置く。)

日本の学校では、晴天の日もカーテンを閉め、すべての蛍光灯をつけていたりする。まったくもったいない話だ。

家庭でも照明の占める電力消費はバカにならない。(あるデータによると、1位がエアコンで24.9%、2位が照明で16.2%、3位が冷蔵庫15.5%、4位がテレビで9.9%、以下、電気カーペット、温水洗浄便座、衣類乾燥機、食器洗浄乾燥機の順)
[Source: http://www.ecoichi.com/material/Method_of_measuring_power_energy.pdf]

日本の室内照明が明るすぎるのは、「うす暗いところで本を読むと目に悪い」という「常識」と関係がある。しかし、この「常識」は科学的には証明されていないのだ。

インディアナ薬科大学のレイチェル・ヴリーマン博士(Dr. Rachel Vreeman)によると「十分な明かりが無い場所で読書をすると、眼精疲労を起こすが、目に深刻で永久的なダメージを与えるわけではない」と言う。

眼科学では、むしろ暗い照明の方が目を痛めない(目にやさしい)という見方が大半だという。
(Source: http://rocketnews24.com/2012/01/21/173455/)


日が沈んだら、ものが見える程度の明るさで暮らしませんか。

2012/01/24

せまい日本 そんなに

かつて、「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」という交通標語がありました。

実は、狭いから急ぐのです。

このことに気付いたのは、アメリカに留学していた時のことです。夏休みを利用してオハイオ州アセンズからニューヨークまで8時間×2日、ニューヨークからアトランタまで8時間×2日、アトランタからオハイオ州アセンズまで8時間×2日、一人でドライブしたことがあります。車は2千3百ドルで買った、中古のターセルです。このときに感じたのは、アメリカはだだっ広くて全く急ぐ気になれない、ということでした。

走っても走っても、対向車がまったく来ない。時速130キロでぶっ飛ばし、2、3時間走って、ようやく1台とすれ違う、そんなことがけっこうありました。

How far away is it from the nearest civilization? (最も近い文明世界からどれくらい離れている?)

島国ではピンとこない表現ですが、大陸では、実感としてあります。日本のように都市は連続して存在せず、大自然の中に点々と(それも相当離れて)あるのです。

日本は狭いから、急ぎ甲斐があるのです。(でも法定速度は守りましょう!)

2012/01/16

政治の最優先課題

今、政治にj求められる最優先課題は、東日本大震災の復旧復興ではなく、エネルギー政策の転換でもない。円高対策でもない。(とあえて言いたい。)

それは、少子化対策である!

第2次ベビーブーマーが高齢者になる、平成62年(2050年)には高齢者一人を若者一人が支える国になるという。そうなれば、税収の確保、社会保障制度の維持が難しくなる。

子ども手当といったお金のばらまきではなく、もっと抜本的な少子化対策が必要だ。(フランスの成功例が参考になる。事実婚を制度的に認めるのは日本社会では難しいが。)

残念ながら日本人は、他の先進国に比べ、長期的視野に立った計画力が劣っている。その場しのぎ、行き当たりばったりが得意なのだ。先を見通して今何をすべきかという観点に欠けている。それに比べ狩猟民族は、将来への備えがしっかりしている。 

このことは、アメリカに2年間留学した際、強く感じた。多くのアメリカ人学生は、オーガナイザー(システム手帳のようなもの)を常に携行し、週末のj計画を、それも2か月先くらいまで、きっちり埋めているのだ。そして週末を楽しむために、週日、集中して勉強する。(趣味が「寝ること」、というアメリカ人はまずいない。)

政治家には、国家百年の計をしっかりたて、日本の将来(=自分の死んだあと)に対して責任ある行動をしてもらいたい。

繰り返しになるが、少子化対策が、喫緊の課題なのである。

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