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2014/05/26

メディアリテラシーを高める本4冊

2013/04/19

『議論のウソ』(講談社現代新書)小笠原喜康

『テレビ報道の正しい見方』(PHP新書)草野厚

『社会調査」のウソ -- リサーチ・リテラシーのすすめ』(文春文庫)谷岡一郎

『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(双葉新書)マーティン・ファクラー

※ファクラー氏は、3.11震災発生後、日本人記者たちが全員避難した南相馬市に入って取材活動を行い、日本の新聞が伝えなかった生々しい様子を報じた。(President Online 新刊書評)

心に残った話2つ

2006/12/19

CDプレーヤーが壊れてから、ラジオを聞きながら運転するようになった。NHK第一。今までいろんな話を聞いたが、その中で心に残った話を二つ。


ドイツで車を運転していた日本人ビジネスマン。交差点で軽い接触事故に遭った。車から降り、接触した車の運転手と話をしてると、男が近づいてきた。「事故を目撃しました。もしあとで証言が必要だったら、こちらまで連絡してください。」そう言うと男は名刺を残し去っていった。



日系ブラジル人歌手の少女時代の話。当時彼女の家は貧しく、食費を節約するため近くの八百屋から、古くなって売り物にならない野菜をわけてもらっていた。そのことに感づいた同級生が、彼女をいじめ始めた。泣きながら帰ってきた娘を見て母は、なぜ泣いているのか聞き出し、学級担任に連絡。翌日、授業の最初の時間をもらって直接子供たちに話をすることになった。娘もいるなか母は、「うちは家計が苦しいので、八百屋から古くなった野菜をもらっている。どうかそのことで娘をいじめないでほしい」と率直に訴えた。子供たちは静かに耳を傾け、以後彼女はいじめられなくなったという。

この二つの話は、問題が起きたとき、逃げたりごまかしたりしないで、直接行動によって解決を図る大切さを教えてくれる。そしてこの行動を支えたのは、公共心や子供を信じる力だったと思う。

見て見ぬふりをしないこと。相手の気持ちを尊重しながら自分の意志をはっきり伝えること。

濱口悟陵という人

2012/04/26

濱口悟陵という偉人を初めて知った。

和歌山県広村(現在の広川町)の出で、実業家であり政治家でもあった人。和歌山県初代県会議長、国政においては、初代「郵政大臣」(※) を務めた。

当時は駅逓頭(えきていのかみ)といった。なぜか半年足らずで辞めている。
※濱口悟陵は「郵便の父」前島密より15歳年上。


1854年(黒船来航の翌年)122416時頃、紀伊半島-四国沖を震央とする地震が起きた。後に安政南海地震と呼ばれる大地震(M8.4?、死者2,500人?)である。

広村にたまたま帰っていた濱口悟陵は、海面や井戸水の変化から津波を予測し、村民を安全な高台へと導いた。

すでに暗くなっていたため、高台につながる道に沿って、稲束(稲むら)に火をつけ、経路を示した。そのおかげで広村からは、ほとんど死者が出なかったという。

濱口はまた、震災復興において役人がなかなか動かないことから、私財を投じて防波堤を築いたのである。 

この話は、以前国語の読本に載っていたそうだ。

実はこの濱口悟陵、ヤマサ醤油(千葉県銚子市)の7代目である。

現在の社長、濱口道雄氏は12代目。
※和歌山と千葉が黒潮でつながっていることがわかる。

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志は遠大にして 心は小翼に     大きな志と細やかな心 一身一戸を斉治して         一人一人の自立で 恒産あり 恒心あり         富や平穏が生まれる 之を吾人 自治の本拠とせん     これを我々の自治の拠り所としよう (木国同友会設立宣言より)
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自分の村は自分で守る。お上が動くのを待たない。

3.11後、再び注目された濱口悟陵から、学ぶことは多い。

選択試験が性格に与える影響

2013/02/05

センター試験は、マークシート方式のため、数学等を除き選択問題が大半を占める。国語はほとんど5択だ。

社会に出るまでに、いったい日本の子どもたちはこの選択問題を何問解かなければならないのだろう。

 この選択問題が、人の性格に影響を与えているという話を聞いた。

選択問題は、正解がすぐ分かってはいけないので、9割くらい合っている、いわゆる引っかけ問題が1〜2題含まれている。

この引っかけ問題に引っかからないように正解を探す作業を続けていると、

引っかからないように、だまされないように、という「防衛的」性格が形成されるというのだ。

巷には、オレオレ詐欺や押し買いに見られるように、隙あらば金をくすねてやろうという輩がいる。だから、「人を見たら泥棒と思」うことも必要だ。「男は敷居をまたげば七人の敵がある」という古人の教えもある。

しかし「渡る世間に鬼はない」という真逆の諺もある。世間には困ったときに助けてくれる情け深い人もいるのだ。

防衛的性格が形成されると、物事を懐疑的に見たり、関わりを避けるようになるという。

今回の総選挙で、2024歳の投票率は46%だった。政治家の言うことなんて信じられない。どうせ年金はもらえないだろうし・・・ということか? 

選ぼうとしたが、「消去していったら 答えなくなった (拙句)」のか?

いずれにせよ、マークシート方式は若者の性格形成になんらかの影響を与えているようだ。

欧州各国で実施されている「国語」の試験の多くは、論述形式だという。アイルランド人の知人によれば、アイルランドでは、夏休みが3か月あるが、その理由の一つは、教師が生徒の出した作文や小論文を採点しなければならないから、とのこと。真顔で言っていたからたぶん本当だろう。

5つの大切10の反省

2013/02/27

NHKの大河ドラマ「八重の桜」で、会津藩の什の誓ひが密かに話題になっています。

というのは、6歳以上の子どもたちで構成される班です。(別に十人でなくてもよい。)小学校の登校班みたいなものでしょうか?

会津の子どもたちは、この什の誓ひを毎日唱えて育ちました。



一、年長者の言ふことには背いてはなりませぬ。 

一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。

 一、虚言(ウソ)を言ふ事はなりませぬ。 

一、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。

 一、弱いものをいぢめてはなりませぬ。

 一、戸外でモノを食べてはなりませぬ。 

一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ。 ならぬ事はならぬものです


時代にそぐわないものもありますが、3、4、5番目などは現代でも大切なことです

 

ところで、最近年長者は「上から目線」だと年少者によく叱られるようになりました。

 年長者にお辞儀をするのは小学生まででしょうか。中学や高校では、部活などのイングループ(内集団)内では後輩が先輩に対して行いますが、教師や他の大人には挨拶しないようです。

逆に年長者である教師の方が、大声で挨拶したりしています。朝、玄関で生徒をお迎えする学校もあります。校長が個人的にするのは構いませんが、他の教員(その日の授業のことで頭がいっぱい?)まで何人も並べて出迎えさせるのはいかがなものでしょうか。(まるで老舗旅館の歓迎の図です。)

田中角栄の5つの大切、10の反省というのを知りました。

5つの大切

1.人間を大切にしよう。 

2.自然を大切にしよう。

3.時間を大切にしよう。

4.モノを大切にしよう。

5.国、社会を大切にしよう。


10
の反省

1.友達と仲良くしただろうか。

2.お年寄りを大切にしただろうか。

3.弱いものいじめをしなかっただろうか。

4.生き物や草花を大事にしただろうか。

5.約束を守っただろうか。

6.交通ルールを守っただろうか。

7.親や先生など、ひとの意見をよく聞いただろうか。

8.食べ物に好ききらいを言わなかっただろうか。

9.ひとに迷惑をかけなかっただろうか。

10.正しいことに勇気を持って行動しただろうか。

 

仕事には2種類ある

2013/03/26

仕事には2種類あります。「稼ぎ」「務め」です。 「稼ぎ」とは、賃金労働。食い扶持を得るための仕事です。

 「務め」とは、共同体を維持するための仕事です。今風に言えば、社会貢献です。 江戸時代には、「稼ぎ」があるだけではだめで、「務め」もきちんと果たすことで、はじめて一人前とみなされました。

私たち現代人は、稼ぐことに忙しく、務めを果たさなくなってしまいました。「稼ぎ」以外は仕事ではない、と思っているようです。

たとえば、どこからもお金が出ず「手弁当でやっている」と自嘲気味に言う人がいます。けれどもそれが「務め」であれば、当たり前のことです。

給料の出ない仕事をし、誰かに「ただ働きですね」と言われても、それが自分にとって「務め」であれば、大きなお世話と言うべきでしょう。(「サービス残業は、「務め」ではありませんが。)

 (Source: 川畑保夫「心の絆」談話)

公・私・公共の三元論(抜き書き)

2011/12/04

東京新聞(2009.6.17  公共哲学協働研究所の金泰昌所長は「徳川幕府は兵営国家、明治政府は官営国家として、民意より官憲を優先した。長い間、日本人は国家と個人の間に何事も認めない体制の中で官に従って生きてきた。民主主義の前提である市民の自主性・自発性・当事者性が身についていない」とした上で、「国家と個人の中間にある市民による主体的な活動は、個人を国民として一元化しようとする国家の在り方をより多元的に開かれたものに変えていくものだ」と語った。

プリンシプルのない漂流国家

2011/12/27

積読状態だった『ねじまき鳥クロニクル』全3巻(村上春樹著)をようやく読み終えた。購入したのが平成9年、14年間も眠っていたことになる。

この本の中に「日本がなぜ漂流し続けるのか」に関するヒントがあった。

「日本という国家が現在の時点で提供できるモデルは「効率」くらいである。(中略) どうすればものごとの効率がよくなるのか、戦後の歳月をとおしてそれ以外の哲学、あるいは哲学に類するものを我々日本人は生み出してきただろうか? しかし効率性は方向性が明確なときに有効な力である。ひとたび方向性の明確さが消滅すれば、それは瞬時に無力化する。(中略) 効率よく間違った方向に進むのは、どこにも進まないより悪いことである。正しい方向性を規定するのはより高度な職能を持つプリンシプルでしかない。しかし我々は今のところそれを欠いている。決定的に欠いている。」 [ 3部鳥刺し男編、pp. 280-281]

プリンシプルとは、共通の価値基盤のこと。冷戦終結後、表だったイデオロギーの対立がなくなり、価値観が多様化している現代、共通の価値基盤を見いだすことはますます困難になってきている。日本には対話の伝統もないため、議論が深まらないうちに、決断を迫られることが多い。「十分な国民的議論をへてから」という識者がいるが、いつまで待っても国民的議論は深まらない。その結果、官僚が国民の代わりに政治家に決断を促し、物事を決めていくことになる。これが(民主主義ではなく)官主主義国家のシステムだ。

閉塞感の元凶は、官僚主義と効率主義だ。自分の声が意志決定にまるで活かされず、知らないところでいつの間にか何かが決まり、その結果が「問答無用」で自分に降りかかってくる。

プリンシプルのない国は危険である。官僚主義が効率主義と結びついた場合、「効率よく間違った方向に進む」可能性がある。

  せっかちに成果求める国になり (田中健一郎 鹿児島)

対話が育たない理由

2012/05/25

NHK Eテレで「仕事学のすすめ」を見た。

今月の出演は、政治学者の姜尚中氏で、タイトルは、「人生哲学的仕事論」。第4回<終>は「未来を担う人材教育」についてだった。

その中で姜氏は、戦後の日本に対話が育たなかった理由として、「宗教と政治について語ることがタブー視されたこと」を挙げていた。

なるほどと思った。

対話のない社会とは、市民にとって身近なテーマ、宗教と政治について徹底的に語り合わない社会のことである。

邪悪な人

邪悪な人は

・自分には非がないと思い込んでいる 

・他者をスケープゴートにする

・自分への批判に過剰な拒否反応を示す

・人の意見を聞かない

・他者に自分が善人と思われることを強く望んでいる

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 邪悪な人を救うには?

 「愛というものは貰った分だけしか人に与えられない・・・(中略)・・・だから愛を受け取ったことがない惨めな人々を救うには、ジャン・ヴァルジャンに象徴される《だれか》が見返りを要求しない無償の愛を《最初》に与えなければならない。

(鹿島茂「映画、レ・ミゼラブルを見て」『読売新聞』 2012.12.27

 鹿島氏によると、これがレ・ミゼラブル(「惨めな人々の意)でユゴーが伝えたかったメッセージだそうだ。

 無償の愛。「信仰が衰えた現代、神に代わって《あなた》が《だれか》に与えなければならない」のである。

信じることから(抜き書き)

・・・人生に何らかの意味を見いだせるかどうかは、その人が心から信じら

れるものをもてるかどうかという一点にかかわってきます。・・・(中略)

・・・何かを信じるということは、信じる対象に自分を投げ出すことであ

り、それを肯定して受け入れること・・です。それができたときにはじめ

て、自分のなかで起きていた堂々めぐりの輪のようなものがプツリと切れ

て、意味が発生してくるのです。これに対して、信じられるものがなけれ

ば、自分一人でぐるぐる回っているだけですから、意味は生まれません。人

の人生というのは、「自分の世界」だけでは決して完成しないようにできて

いるからです。 (姜尚中『続・悩む力』、p.145

こだわる力と継続性

「こだわる」という動詞は、否定・肯定、両方の意味で使われる。

否定的な「こだわる」

この「こだわる」は、過度に気にする、の意で、「拘泥する」で言い換えられることが多い。心が、さほど重要でないことに囚われている状態である。「こだわり過ぎる」と言えば、マイナスの意味がさらに強まる。個人的な、好き嫌いレベルの話であることも多い。

・形にこだわる ・勝負にこだわる ・銘柄にこだわる ・学歴にこだわる ・過去にこだわる ・視聴率にこだわる

 肯定的な「こだわる」

この「こだわる」は、妥協せず追求する、の意。本質に近づくため労を惜しまぬ姿勢である。

・味にこだわる ・食材にこだわる ・切れ味にこだわる ・品質にこだわる ・履き心地にこだわる ・使いやすさにこだわる

 何かを形あるものにするには、継続性が不可欠だ。しかし、情熱を持続させるのは難しい。熱しやすく冷めにくい人は少ない。

そんなときヒントになるのが、肯定的なこだわり。こだわることで、その世界に没入し、結果的に長続きすることになる。

どうも自分は淡泊で気が多く、飽きっぽいと思っている人(私もその一人)は、一旦何かを始めたら、とことんこだわることが肝心だ。

この、好き嫌いではない、本質を追求するためのこだわりは、もっと賞賛されて然るべきだ。良いこだわりは、世のため人のためになるのだから。

こだわることが、継続への道である。

2014/05/24

中高生のための「かたづけ」の本

岩波ジュニア新書には、大人が読んでも参考になる本がたくさんある。
この本もその一冊。以下、頷きながら読んだ箇所。

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中高生のための「かたづけの本』、杉田明子・佐藤剛史 著


かたづけ(全部出す
分ける選ぶ収める)において大切なのは、モノの持ち方を徹底的に見直し、モノを選ぶ力をつけること。


捨てるモノが多い = 選ぶ力が弱い

※「これでいい」ではなく「これがいい!」と思うものを選ぶようにする

収納の適正な割合:6~8割(本棚にはスペースを設ける。鉛筆立てには使うモノだけ入れる。選ぶときに時間がかかる)

※間を埋めない!(日本の「間の文化」はどこへ行った!?)

書類は積まない=立てて収納

その季節に着る服はハンガーに掛けて収納(たたむのは下着類とタオルだけ)

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